佐野一馬のシナリオを、少しでも好きでいてくれた皆様へ。
突然ですが、私は今まで、皆さんを裏切り、騙し続けていました。
大変、申し訳ありませんでした。
心から、お詫び申し上げます。 謝っても、謝り切れない事であると思っております。 しかし謝罪させて下さい。
本当に、申し訳ありませんでした。
事の発端は、2004年末に発売されました「真説 猟奇の檻」です。 リメイクですが“真説”という事もあり、真エンディングの追加を前提でシナリオ製作を行っていましたが、あれは私の書いたエンディングではありません。
ここで当時の状況を、少し説明させていただきます。 近年、ゲーム製作では“音声収録”という作業があり、ライターがギリギリまでシナリオを書いているという事がありません。 「真説 猟奇の檻」も類に漏れず、早い段階で完成したシナリオは音声プロデューサーの手に渡り、声優用の脚本に加工されます。 そして音声プロデューサーから完成した脚本が私に手渡され、最終的なチェックを私自身が行います。 その脚本には確かに、私、佐野一馬が書いた真エンディングがありました。
そして収録、当日。 私はシナリオの執筆以外にも、スクリプト作業という組み込み(キャラ劇や演出など)も行っており、忙しくて収録スタジオには行けませんでした。 音声プロデューサーや収録スタジオのスタッフも、過去、何度も仕事をしており、任せても大丈夫という信頼もありました。 しかし当時、「真説 猟奇の檻」のデレクターを名乗ってい某氏だけは例外でした。
デレクターは、私が収録スタジオに行かないのをいい事に、その場で無断で私の書いた真エンディング切り捨て、某氏自身が用意したエンディングに差し替えたのです。 その差し替えの事実を私が知ったのは、無論、収録が終了してからでした。 それもデレクターから聞いたワケではなく、音声デレクターから後日「本当によかったの?」みたいな報告で知ったのです。
無論、納得いきませんが、当時の私はまだスクリプト作業も大量に残っていたため、問答している暇もない状態でした。 たとえ音声がなくても、私のシナリオはどうにか組み込めるだろうという甘い考えがあったのも事実です。 私はデレクターの用意した真エンディングは“追加”として組み込み作業を行いました。
しかしその後、私の書いた真エンディングは全部カットしてくるよう要求がありました。 当然、納得いくワケもなく、社長である横田さんを交えて状況を話しました。
正直、私が迂闊でした。 音声がないパートを本編に入れるワケにはいきません。 冷静に考えれば、当然の事です。 しかも今からカットされたパートを再収録する時間的余裕もありません。 当然、費用もかかるでしょう。 発売日も延期になってしまいます。
私も以前、ゲームソフト会社を経営していた経験があり、発売延期が会社にとってどれほどのダメージになるか知っているつもりです。 信用という問題もさることながら、延期したぶんの会社の維持費や、広告費など金銭面でも多大な被害が出ます。 横田さんは困った顔をしながら「今回は折れてくれ」と、私に言いました。 その判断は経営者として当然であり、同時に常に高いクオリティを求める横田さんにとっては苦汁の決断であったと思います。 横田さんと私は付き合いも長く、経営者としての苦労も、お互いに理解しているつもりです。
その後、無理だとは解っていながらも「広告の“シナリオ・佐野一馬”の部分を消してくれ!」とか色々とワガママを言いました。 当然、そんな事が許されるワケではありません。 横田さんには色々と世話になっており、これ以上、横田さんを困らせる事も出来ません。
そもそも全て、私が悪いのです。 収録スタジオに行かなかったのも、私の怠慢です。 デレクター某氏のような素人を信じたのも、私の失策です。 どうにかなるだろうと思い、何かしらの行動をすぐに起こさなかったのも、私の甘さゆえです。 私は、そのまま製品化する事を承諾しました。
私は過去、自分の作品は全て「面白いからプレイしてみてッ!」と他者に勧められるモノを作ってきました。 私は自分の作品を「面白いでしょ!」と言い切る自信があります。 それは、物を作る者としての最低限の心構え。 自分の作品に責任を持つという事であり、そう言い切れない者は、物を作る資格がないと思っています。
しかし・・・「真説 猟奇の檻」は、そう言い切れません。 「エンディングだけじゃん」「大した問題じゃないよ」と自分に言い聞かせても、やはり他者に「面白いよ」と勧める事が出来ません。
「こんな作品を出してしまうのか?」 「佐野一馬の名前で出してしまうのか?」
この2点が頭の中をグルグルと回りました。
当時、私は「世界に1人でも、佐野一馬の作品を好きでいてくれる人がいるなら、その人のためにシナリオを書く」と言っていました。 しかし私は、その「佐野一馬のシナリオを期待してくれてる人(いるか、いないか不明ですが)」を裏切ってしまったのです。 これは私自身が、最も許せない事でした。
「今後、裏切ってしまったユーザー相手に、どのツラ下げてシナリオ書くんだよ・・・」 書けるワケがありません。
そして私は、その場で横田さんに対して「この作品終わったら、物書き、辞める。引退する」と宣言しました。
今まで引退など考えてもみませんでした。 発作的は発言だったと思います。
実は「真説 猟奇の檻」が終わったら、すぐに「真説 猟奇の檻 第2章」の製作に取り掛かる予定で、依頼を受けていました。 横田さんもそのつもりで、準備を考えていた事でしょう。 私も少しづつですが「真説 猟奇の檻 第2章」の改造プロットの準備も進めていました。 しかしその時の私は、そんなトコロまで考えが回らず「もう、物書きは続けられない」という気持ちでいっぱいで、引退を宣言しました。
ここで「真説 猟奇の檻」の真エンディンの内容について補足させていただきます。
デレクターが差し替えた内容の良し悪しについて、語る気はありません。 商品となってしまった今、私の真エンディングと比べる機会もありません。 商品になったモノが全てであり、デレクターの新エンディングが「真説 猟奇の檻」の真エンディングなのです。
もしかしたら差し替えられたデレクターの真エンディングの方が、いいエンディングかもしれません。 皆さんを気持ちよくしてくれる、素晴らしいエンディングかもしれません。 デレクターの真エンディングの方が、完成度が高いかもしれません。
だだ・・・ひとつ、言える事は
佐野一馬は、あんなエンディングにはしないッ!
という事です。
どう転んでも、どう血迷っても、私の思考では、あのエンディングにはなりません。 もはや佐野一馬の真エンディングが、世に出る事は無いでしょうが、これだけは重ねて断言しておきます。
佐野一馬は、あんなエンディングにはしないッ!
余談ですが・・・。 デレクターの真エンディングを差し替えた事により、真琴関係のエンディング2種類が消えました。 これはデレクターも予期していなかったらしく、デバックの際に「2つエンディングが消えてる!」と、私のトコロに文句を言いに来ました。
答えは簡単。 デレクターが勝手に切り捨てた部分に、その2つのエンディングの冒頭が重なっていたからです。 正直、私のシナリオ構成は、普通のAVGに比べると少し複雑です。 特にエンディング回りは色々な分岐が複雑に組み合わされ、ゲーム製作に慣れていない素人には構造も理解できないでしょう。 構造を説明してやると、デレクターは大人しく帰っていきました。
私はボンヤリと思いました。
「構造も理解できてない素人が、私の真エンディングをカットしたのか?」 「こんな無能な奴が考えたエンデイングが、真のエンディングとして商品になるのか?」
怒っていいのか、絶望したらいいのか。 いや・・・もう、どうでもよくなっていたのか。 その頃になると、もう考えるのすら嫌になっていました。
そんな状況で発売された「真説 猟奇の檻」を、私は“忌々しい存在”にしか見れません。 ネットなどの評価も、見る気になれません。 私の作品だとは、到底、思えないからです。
もう関わる事もないだろうと「真説 猟奇の檻」の資料は全て捨て、準備していた「真説 猟奇の檻 第2章」の改造プロットも資料も廃棄して業界を去りました。 もし「真説 猟奇の檻 第2章」を誰かが作ったとしても(デレクター某氏が担当したとしても)私には関係ない。 関係があると思ってはいけない。
佐野一馬は、死んだ・・・もういない。 そう思う事にしました。
その後。 私は半年間、仕事もしないでフラフラとして過ごしました。
呉ソフトウェア工房に入ったのが、19歳の頃。 その後、グローディアに入社。 スタジオポラリス設立。 思えば、ずっとゲーム業界で生きてきたので、他の業種など興味すらありませんでした。
やりたい職もなく、希望もありません。 当然、スキルもありません。
しかし、さすがに半年も収入がないと、生活が厳しくなっていきます。 残念ながら、私は大金持ちの御曹司ではありません。 すぐに貯金も底をつき、家族を養うためにも(妻1人とコーギー2匹ですけど)働かなければならない状態になりました。
それでも興味が持てる職もなく、やる気もなく、自分では決められない状態が続きました。 男として情けない話ですが、私は「適当に選んで・・・面接いくから」と、妻に就職先を託す始末。 結局、求人誌で妻が選んだ会社に面接に行き、雇用してもらいました。
そこは携帯電話(通信業)の工事会社。 元々、支社だったのですが、ちょうど新会社として独立する間際に雇用してもらい、私も新会社の社員としてスタートする事になりました。 パソコンが使えるので工事図面も書き、自慢でありませんが手先も器用なので工事にも行かせてもらいました。 時には鉄塔に登りながら。 時には高層ビルの屋上の縁に立ちながら。 時には雪に埋もれながら。 時には微量の放射能を浴びながら。 危険な仕事ですが、とても楽しい職場です。 素人だった私ですが、数年たつと重要な部分を任されるようになり、工事現場などで指示も出す立場にもなりました。
そんな頃です。 グローディア時代に知り合った、あるライターさんから連絡がありました。
ゲームの文章の依頼です。 その人は、私にとって「日本のファンタジー世界を確立させ、構築した人達」のひとり。 大げさな表現ではなく、本当にそう思っている尊敬する人物です。 今ではシナリオライター集団を率いて、ゲームシナリオの委託業務をしているらしく、その予備人員として私に声を掛けてくれたのです。
内容は、用意されたプロットに従って、決められた分量の文章を書くというモノでした。 本職のほうも、比較的、自由に時間が作れる立場になり、副業として休日などを利用すれば可能です。 プロットは全て用意してくれ、サンプルの文章に合わせて書くので、考える要素もありません。
私は、ゲーム業界を引退した身です。 最初は断ろうかと思ったのですが、少しでも生活の足しになればと、少量だけお手伝いさせてもらう事にしました。
他の人の書いたプロットを、シナリオにする作業は初めての体験であり楽しかったです。 あくまで私はサブなので、メインの人の文章に合わせるというのも、いい勉強になります。
そうこうしているうちに、数本の作品に参加させてもらいました。
そして、この副業をきっかけに「また本格的にシナリオ書きたいな」という気持ちが湧き上がってきたのです。 一度、そう感じてしまうと、その思いは日々増していきます。
しかし私を拾ってくれた今の会社の事も心配です。 新会社としての仕事も、軌道に乗ってきたトコロ。 副業でシナリオ書きながら、迷い続ける日々が続きました。
実は偶然なのですが、私が就職した会社に仕事を発注している大会社があるのですが、そこに佐野一馬の名を知ってる人がいました。 私より年下で、ゲーム好きな若者です。 隠す必要もないので経緯を話すと、彼は私に「ゲーム業界に戻るべきですよ」と言いました。 この時は、かなり心がグラッと傾きました。
そして、さらに半年くらい悩み続け、私は復帰を決意しました。 しかし復帰に際し、2つ、私はやらなければなからない事があります。
まず1つは、横田さんです。 3年前、私は横田さんからの期待や信頼の全てを放り投げて、引退しました。 予定していた仕事も大きく変更し、多大な迷惑をかけた事でしょう。 怨まれても仕方ないです。
復帰を決意し、私は横田さんに会いました。 ここで横田さんが、佐野一馬の事を必要としているなら、もう1度、一緒に働かせてもらおう。 もし必要としていないなら、別の会社に就職・・・横田さんとは、もう会う事もないだろう。 そう思っていました。
私の事を“怨んでいて当然”と思っていた横田さんですが「うん、いる」と言ってくれました。 いきなり引退し、多大な迷惑を掛けた事に関しても、許してもらいました。 私の事を“必要”と言ってくれ、再びチャンスをくれた横田さんに、心から感謝します。
そして、やらなければならない事の2つめ。 裏切ってしまったユーザーの皆さんに対する謝罪です。
正直、製作の不備を告発する事になります。 横田さんの会社にとっては、決して好ましい事ではありません。
しかし、皆さんに謝罪する事なく、佐野一馬の復活はありません。 佐野一馬のシナリオを期待してくれた人に謝罪するまでは、佐野一馬は死んだままです・・・前には進めません。
横田さんは、この気持ちを理解してくれたようです。 「引退した理由を説明して、謝罪しないといけない」という私の意志に、最終的に賛成してくれました。 私の謝罪は、横田さんからしてみれば、つまらない些細な意地かもしれません。 しかし“物を作る者”としての意地を通すことを、横田さんは承諾してくれました。 私のワガママを聞いてくれた横田さんに、再び深く感謝いたします。
そして重ねて、皆さんに謝罪いたします。 申し訳ありませんでした。
今後、このような事のないよう、精進するつもりです。
私、佐野一馬は、復活いたします。
そして皆さんの期待を裏切らないよう、責任を持って「真説 猟奇の檻 第2章」のシナリオを書きます。 ゲームデザインも全て監修します。
みなさんに「面白いよ!」と胸を張って言えるモノを作りますッ!
発売は来年。 期待して待っていてください。 |