ある泥棒とお嬢さんの話をしよう。 舞台は今からちょっと前、100年くらいまえかな。 え、なんだい?1世紀前なって大昔じゃないかって? いやいや、人間の歴史なんてものは地球のそれから見ればちっぽけなものなんだよ。 僕はこの地球という星が大好きだからね、つい地球視点で語ってしまう。 しかし、もし2世紀という年月が遠い昔というのならば、語りはじめから変えないといけないね。 僕はなんでもきっちりつけたい性格なのさ、フフフ。 さて、舞台は今からだいぶ昔、17世紀のロンドン郊外。 都会では自動車が走り始め、それに伴う公害問題が深刻なレヴェルになり始めた頃だ。 この時代のある泥棒の青年と、箱入りのお嬢さんのお話。 泥棒は天才的な腕前の持ち主でね。いや『足前』かな? 何しろその泥棒は現場からの逃走の速さと痕跡を残さないことで有名だったんだ。 そのすばやい逃げ足から「Quick silver」なんてあだ名をつけられていたみたいだね。 そして―これは非常に珍しいことだが―彼は崇高な精神の持ち主でもあったんだ。 泥棒なんてやっている奴に崇高な精神なんてものがあることが驚きだけど、彼のそれは徹底していたんだ。 彼は自分の仕事に関していくつかのルールを設けていたんだ。 ・決して貧しい人、善人から金品を盗まないこと ・泥棒仕事は毎月一回一軒のみ ・盗むときは絶対に人を傷つけないこと まだまだ他にもルールはあったけど、とりわけこの若い泥棒はこの3つのルールを遵守していたんだ。 若さゆえに、自分の仕事に誇りを持っていたんだね。 彼は生涯に50を超える盗みを働いたわけだけど、ほとんどこのルールを遵守していたんだ。 「ほとんど」というのがこの話のミソなんだけどね、よく覚えておいてほしい。 さてお嬢さんのほうはといえば、本当に御伽噺のお姫様のような人だったらしいよ。 …らしいなんて、不確実な言葉を使うな?しょうがないじゃないか、僕はそのお嬢さんなんて見てないんだからね。 ただ、町の噂では「ロンドン郊外には彼女のためにやってくる若い男の車で渋滞ができる」なんていわれてたらしいから、さぞかわいらしい方だったんだろうね。 お嬢さんの母親は早くに亡くなったらしいけど、父親は仕事に対して非常に精力的な人だったんだ。 まず、お嬢さんの母親―彼から見れば妻だね―の残した財産を使って彼は自動車の生産工場を立ち上げたんだ。 時は産業革命の時代さ、彼の工場から出荷された自動車はまたたくまにロンドン中を席巻し、彼らは巨万の富を得た。 父親はロンドンの自動車王、その娘はすばらしい美人だとくれば、言い寄る男は噂のようにたくさんいたんだろうね。 お嬢さんの父親は求婚する男どもから娘を遠ざけるために、都会の喧騒のないロンドン郊外に邸宅を建てたという話だけど、そんなところまで車でいく男どもは後を絶たなかったのさ。 まぁつまり「裕福で幸福で何物にも不自由しない環境」でお嬢さんは育ったのさ。 さて、ここまでくれば君もピンときただろう? そう、泥棒はこのロンドンの自動車王をターゲットにしたのさ。 泥棒はターゲットを決めてから盗みを決行するまでの間、入念に下調べを行った。 そしてこの男とロンドンの黒社会との間に太いパイプがつながっているのを突き止めたのさ。 何か大きなことをなした人間てのは、たいてい裏で悪いことをしてるものなのさ。 …偏見はよくない?そうだね、これは失言だった。全国の事業主さんに謝らなくちゃね。 でも彼の代だけで巨額の富を得るにはどうしてもそういったマフィアみたいなものに上納金なんかを支払って、対立する会社や個人をつぶしてもらう必要があったのさ。 だから、彼は間接的ではあるけれど殺人を指示していたことになるよね? 泥棒にとってはまさに、「お眼鏡にかなった」相手だったんだ。 さて、ここで一気に話は進んで決行日の夜となった。 泥棒は門番をやりすごし、庭の番犬を薬で眠らせてまんまと邸宅内に侵入し、金庫からドル紙幣やら宝石類を盗み出した。 このあたりまではものすごくスムーズにいった。 自動車王の父親が邸宅を離れている隙を突いて進入したにしても、出入りの下男に成りすました下調べから金庫の場所やら警備の状況やらがわかっていたからこそ、すばやく犯行を行うことができたんだ。 さて、かさばるいくつかの物品はとれなかったにしても相当な額を盗み出した泥棒は意気揚々と脱出しようと試みたんだ。 このとき、廊下を静かに移動していた泥棒の目に、あるドアが表れる。 そこにはかわいらしいバラ模様の木の札がかかっていて、こんなことが書かれていた。 「Lady's room」 くだんの、とびきり美しいというお嬢さんのお部屋だね。 このドアを前にして、泥棒の心にふと悪戯心というか…ありていにいってしまえばちょっとした下心が生まれてしまったんだ。 「そんなにみんなが噂するくらいの美人とはいかほどのものだろう?」 …何?すけべぇな泥棒だって? チッチッチ、君には泥棒に入った人の家の娘さんがとんでもなく美人だったなんて経験がないからそんなことがいえるんだよ。 …そんな体験は一生したくない? そうだね、冗談でも人のうちに泥棒なんてはいっちゃあいけないよ。今の日本でそれをやったら懲役10年か罰金300万円はかたいからね。 僕としても、君がそんな大人になってほしくはないな、フフフ。 さて、一旦火の灯った好奇心というものはなかなか消えないものだ。 泥棒はどうしてもそのお嬢さんのお顔を拝見してみたくなった。 幸いにして室内からは物音ひとつせず、代わりに規則的な寝息が聞こえてきた。 …どうやって室内の物音を感じたのかって? ドアにコップを押し付けて聞き耳を立てたのさ。 けっこう詳細な音が聞き取れるから、今度君も試してみるといい。 お嬢さんが寝ていることを確信した泥棒は、そっとドアを開けて室内にするり、と進入した。 室内は豪華絢爛な調度品であふれかえっていた。 君、信じられるかい?どこを見回しても重厚なオーク材と煌びやかな金細工でできた悪趣味の域まであと一歩、みたいな部屋が女の子の部屋なんだぜ? 泥棒は思わずこの調度品を全て売ったらいくらするか値踏みしてしまったそうだよ。 そして天蓋付きのこれまた豪奢なベッドにそのお姫様は眠っていたんだ。 どんな寝顔か覗き込んだ泥棒は、思わず凍りついた。 透き通った白磁の肌に秀麗な眉目とすっと通った鼻、かわいらしい花弁のような唇、そしてまわりの調度品にまさるとも劣らない輝きを放つすばらしい金髪―そこには、まだ少々幼いけどかわいらしい女の子が寝ていたのさ。 「世の中にはこんなに美しい人がいるのか…っ!」 思わず泥棒は小声でつぶやいたそうだよ。 想像してごらん?とびっきりかわいい女の子が目の前で無防備に寝ているのを。 …顔が赤いけど大丈夫かい?何を想像したか知らないけど、想像した君がそうなるんだから泥棒の奴はもっと狼狽しただろうね。 いや、今日の手柄や脱出ルートのことなんてぶっ飛んだ、なんて言ってたからそれ以上かもしれないね。 話を戻そう。 泥棒はお嬢さんの寝顔にすっかり見とれてしまった。 たっぷり10分は経過した後、我に返った泥棒は彼女の父親が帰ってくる車の音を聞いたのさ。 それからは大慌てで脱出ルートをすばやく、しかし静かーに通って泥棒は邸宅を離れたんだ。 父親が帰ってくる前に仕事を終わらせるつもりだったらしくて、もともと用意していた脱出ルートを大急ぎで変更したそうだよ。 そういった予備のルートを考えておくのも、彼が一流の泥棒だった証だね。 ともかくも、泥棒はまんまとお宝を頂戴して闇に姿をくらませたのさ。 さて、いつもの彼ならばハイこれまでよ、次の標的はどうしようかな?と行くところだけど、彼はしばらく隠れ家で悶々とこもっていた。 というのも、例のお嬢さんの寝顔が頭から離れなかったんだ。 朝起きて夜寝るまでずーっと彼女の可憐な唇が、あふれる金色の髪が、そして寝息の音さえもが彼を悩ませた。 俗に言う一目惚れってやつだね。 まだ若い泥棒は、盗みに入った家の女の子に恋をしてしまったんだ。 なんともロマンチックな話だよね。 しかし、彼は泥棒であっちは大富豪のお嬢様。とてもじゃないが正面きって「あなたのことが好きです」なんて言えたもんじゃない。 とりわけ、盗みに入った家の娘に愛をささやきたいなんて、とても普通の神経ではできないなぁ。 そういったジレンマの中で泥棒は思い悩んでいたんだ。 そんな中、彼の日課である情報収集で気になる情報を入手したんだ。 あのお嬢さんがどこかにお嫁に行くという情報。 泥棒は文字通り、飛び上がって驚いた。彼の隠れ家の天井をぶち抜いてしまうほどに。 …彼の跳躍力がすさまじいわけではないよ?ベッドの上で飛び上がったからね。 もっと詳しい情報を求めて泥棒はロンドン中の情報屋を回り、自らもロンドンの街を飛び回った。 その結果、お嬢さんが嫁ぐ先は父親とつながっていたと思われるマフィアの幹部だということがわかったんだ。 どうやらこの父親は自動車王として名を馳せ、巨額の富を得たものの、近代化に伴う新しい技術革新と対立する会社との競争に負けて、近頃じゃマフィアたちに搾り取られるだけの哀れな羊だったらしい。 自慢の邸宅や調度品はお金持ちだった頃のせめてもの見栄と、娘に悟らせまいとするわずかばかりの親心だったのさ。 これを知った泥棒は大きなショックを受けた。 それは己に課していたルールのひとつ「・決して貧しい人、善人から金品を盗まないこと」に大きく反することだったからだ。 黒社会に搾取される哀れで貧しい人から盗みを働いたんだからね。 もっとも、この男が善人であったかといえばいままでの所業を見ると限りなく否に近いけど、ね。 そして泥棒の盗み出したドル紙幣やら宝石類やらは、その月にマフィアたちに上納するものだったのさ。 つまり、お嬢さんは、お金に代わってマフィアに上納されてしまうことになったんだ。 泥棒は愕然とした。 一目惚れした相手を不幸にしたのはほかならぬ自分だったからだ。 彼があの日、あの邸宅に忍び込んで財産を盗み出さなければ、お嬢さんはマフィアのところに行かなくて済んだかもしれない。 そう思い込んだら若き泥棒はものすごい自己嫌悪に陥っちゃってねぇ。 もういままでやってきた自分のこととか、過去のことばかり考えてしまって。 たずねにいった僕が哀れに感じてしまうほど、彼は取り乱してしまっていた。 そのうちにいっそ死んでしまおうと考え始めたあたりで、ふとあのお嬢さんの寝顔を思い出したのさ。 いままで盗み出したどんな調度品よりも美しいお嬢さん。 いままで会ったこともないほどの美しさにドキドキした自分。 しばらく回想にふけっていた泥棒は立ち上がって僕に告げたのさ。 「今宵、僕はすべての誇りを投げ出して、あのお嬢さんを盗み出す」 予想していた答えだったから僕は一応止めたんだけどね。 なにしろ相手はマフィアだし、立ち向かう彼はただ一人だ。 彼は町中の情報屋に顔がきいたけど彼らはきっと首を縦にふってはくれなかっただろうね。 そのくらいのことは彼も自覚していたし、なにより彼は「これは自分の責任だから」と言って一人でいこうとしたんだよ。 …え?僕はそのときなんて言ったのかって。 「そうかい、健闘を祈るよ」って言って笑顔で送り出したよ。 …なんで若干引いてるのかな君は? 言っておくけど僕は持って生まれた運動神経というやつはお粗末なものだったし、一撃必殺の超兵器も不可思議な超能力も持ち合わせちゃいなかったんだからね。 僕は他人の人生を「観賞」するのは好きだけど「干渉」するのは僕のポリシーに反するからね、絶対にかかわりあいにはなりたくなかったんだ。 今のは漢字のニュアンスの違いが伝わってくれるとうれしいな。 夜になって彼はただちに行動した。 例の邸宅に再び侵入し、お嬢さんを盗み出すためにね。 以前使ったルートはおろか、邸宅全体のセキュリティレヴェルはぐーんとあがっていたけど、泥棒はまんまとお嬢さんの部屋の前までたどり着いた。 このとき泥棒は仮面をつけていたんだ。口元だけを出す社交ダンス・仮装パーティ用のやつを思い浮かべてほしい。 中には3人の気配があった。 ひとつはお嬢さん、ひとつは邸宅の主である彼女の父親、そして最後は―おそらく例のマフィアのボスだね。 彼女の父親とマフィアは何かを言い争っているようだった。 おそらくは彼女の処遇について話し合ってるうちに口論になったようだね。 そして部屋の中から銃声が1発。 お嬢さんの絹を引き裂くような悲鳴とともに、泥棒は部屋の中へ滑り込んだ。 そこには顔を真っ青にしたお嬢さんと父親、そしてこちらに背を向けて、硝煙立ち上る拳銃を天井に向けているマフィアのボスの姿があった。 泥棒はマフィアのボスの首の後ろ辺りに向かって持っていた砂をつめた袋を思いっきり叩きつけた! 男は一声うめくとそのまま倒れこんで動かなくなった。 死んではいなかったよ?昏倒しただけだ。 そして部屋への侵入者に混乱する2人に向かって言ったんだ。 「そこの美しいお嬢さんを貰い受けに参りました、ロンドンの自動車王よ」 彼女の父親はもちろん怒った。 「貴様は何者だ!まさかこの前にここに入ったという泥棒か!?」 「いかにも」 彼の肯定とともに彼女の父親の拳が、泥棒の頬を打っていた。 お嬢さんが「お父さんやめて!」と言っても彼女の父親は聞きもせずまくし立てた。 「誰のせいでこうなったと思っている!?  お前があの晩、ここから金を持ち出さなければ、私は娘を差し出さずに済んだのにっ…!」 「確かに私がここから金品を盗み出さなければ彼女はマフィアのところへ行かずに済んだかもしれない」 泥棒もゆっくりと起き上がりながら、男に向けて弾劾の言葉を叩きつけた。 「しかし、僕がここに来なくても、あなたの財政状況を考えればいずれこのような事態は起きたんだ!  まして、自分の娘をマフィアの元へ売り出すなど正気なのか!」 「私だって好きでやったわけでは…!」 二人の間の空気がどんどん熱くなっていく、そのとき。 「二人とも…いい加減にしなさぁい!!!!」 一括したのはほかならぬ、娘さん自身だった。 鶴の一声とはああいうものを言うんだろうねぇ。 二人とも案の定ぽかーんとして、ベッドの上に仁王立ちしたお嬢さんをまじまじとみていた。 泥棒がみた寝顔では伺えなかった、活発で、自由奔放なエメラルドブルーの瞳がきらきらと輝いているのをみて、泥棒はまた鼓動が早くなるのを隠し切れなかった。 後に聞いた話じゃ「今まで見てきた宝石達のなによりも輝いていた」んだってさ、のろけもいいとこだよねぇ、フフフ。 そしてベッドの上に仁王立ちしたままお嬢さんは言い放ったんだ。 「お父さん!私はあんなむさっくるしい人たちに言いようにされるなんてごめんだわ!  あんな人たちのところへ行くくらいなら、毎日毎日オイルにまみれて自動車整備してたほうが100倍は増しというものだわ!」 「しかし私はお前に何不自由なく暮らしてほしいと…」 「私が一度でもそんなことを頼んだかしら!?」 彼女の一括で、父親は撃沈。ぱくぱくと口を動かしていたけど、そのうちにうつむいてしまったんだ。 次に彼女は泥棒に向かって言った。 「あなた、私を盗み出す、とかいってたわよね?」 完全に彼女に飲まれてしまった彼は思わずコクコクとうなずいてしまった。 それを見た彼女はえらく怒ったそうだよ。 「私をもの扱いするなんて!あなたも所詮その辺の有象無象といっしょということかしら!」 でも、と彼女は少し声を和らげて続けたんだ。 「私のために、なにか行動してくれたのはあなたが初めてだわ」 やわらかく微笑んだ彼女の顔を見て泥棒は耳まで真っ赤になって「恐縮です姫…」なんてぶつぶつつぶやいてたんだって。 そして再び父親に向き直って言ったんだ。 「お父さん、お父さんが私のためにいろいろ汚いことにまで手を染めてたのを知ったのはついこの間。  私にも無知でいたという罪があるわ」 「お前にそんなものはないっ!」 顔を上げて父親は怒鳴った。 しかし、お嬢さんは首を振って言ったんだ。 「私はお父さんの苦労も知らないで施しを受けていた。  それは立派な罪よ。私は、あのマフィアのところへ行くのがお似合いなのかもしれないわね。  けど」 お嬢さんはキッと前を向いて倒れている男の頭に―あまり上品とはいえないが―足を乗せて宣言したんだ。 「こんな、お金と力とで女をものにしようとする連中のところへなんか行きたくないのよ!」 …いやはや、なんとも豪快な娘さんだよね。かっこいいと思わないかい? …うん、そうだろうそうだろう。僕も君と同じようにそう思うよ。 さて、お嬢さんがいくら叫んだところで現状はよくはならない。 お嬢さんの叫び声を聞きつけて、護衛についてたマフィアたちがお嬢さんの部屋まで来ていたんだ。 ここでお嬢さんは泥棒に向かって言ったんだ。 「泥棒さん、あなたがどこのだれだかわからないけど、私を盗み出すということは何か人が乗れるようなものを持ってきているのね?」 泥棒はうなずいた。彼の計画上、『アレ』を用いて娘さんを連れ出すことがもっとも重要なことであり困難なことだった。 『アレ』に乗るにはどうしても娘さんの同意が必要だったんだ。 娘さんは泥棒がうなずくのを確認すると、今度は父親に向かって尋ねた。 「お父さん、私の部屋の調度品は今回マフィアに差し出すお金の価値にたりる?」 父親はうなずいたけど、彼女の真の意図はつかめないようだった。 お嬢さんは部屋の中をぐるぐると歩き回っていたけれど、ついに決心したようにうなずいて言った。 「泥棒さん、お父さん、協力してくださらない?」 数分後、マフィアの連中がお嬢さんの部屋に踏み込んだ。 そこには泥棒も、お嬢さんも、お父さんの姿もなく、地面に転がったボスの背中には一枚の手紙が貼り付けてあった。 「美しい薔薇は確かにいただいた Q.S」 マフィアたちは大慌てで彼らの行方を捜したけど、3人の姿はどこにもなかったんだ。 しばらくしてマフィアたちは自分達のボスの治療が先だと考えたのか、倒れたボスを車に乗せて、ロンドンの町へと戻っていったんだよ。 腹いせ紛れに、お嬢さんの部屋の調度品を根こそぎ持っていったけどね。 一夜明けて、復活したボスはロンドン周辺に手配書を作って彼らの行方を捜したけれど、泥棒とお嬢さんと自動車王はついに見つからなかったんだ。 邸宅の中もひっくり返す勢いで探したけれど見つからない。 ロンドンの郊外ってのは意外と広いし、抜け道も多い。 そのうちにマフィアもあきらめて次の収入源を探し始め、お嬢さんに求婚していた人たちも彼女のことなど忘れてしまったのさ。 さて、このお話については以上さ。 …ん?なんだい鳩がビーンピストル食らったような顔して。 …泥棒とお嬢さんと自動車王はどうやって夜逃げしたのかって?そこがこの物語のキモじゃないか、だって? ふむ、確かにその辺の話が君のような子には気になる部分だろうけどね。 でも「泥棒は盗み出した金品をどこに使っていたのかー」とか「お嬢さんの父親はどうしてくっついてきたのかー」とか気になる部分はほかにもあると思うよ。 …画面の前の読者も解説を望んでいるだって? なんで君にそんなことがわかるんだい? …まぁいいや、僕もあんまりはぐらかしてばかりだといやな人間だと思われてしまう。 僕は誰に対しても好意的にみてもらいたいからね。割と周りの目線とか気になるほうなんだよ、これでも。 ふむ…しかしただ単に君に事実を告げてしまうのはおもしろくないなぁ。 あ、いまはぐらかしちゃったね。ごめんごめん。そんなしらけた目をしないでおくれ、ちゃんと君でもわかるようにするから、さ。 じゃあ『超スペシャルウルトラわっかりやす〜い答え』をあげよう。 ―ずばり、君の後ろにあるもの、さ― ======================================================================== 男がさってから、僕はしばらくベンチに座ったままだった。 なんとはなしに話しかけられて、ついつい聞きほれてしまったけれど、今にしてみればずいぶんと嘘くさい話だった。 「ロンドンにマフィアなんていたのかねぇ?」 でも、そういう悪い人間はどこにでもぽこぽこ出てくるんだから、ロンドンみたいなとこにもいたっていうのはわかる気がする。 当時のロンドンは排気ガスやスモッグのせいで『霧の都』なんて呼ばれてたんだし、案外治安はよくなかったのかもしれない。 「それでもそんなドラマチックな駆け落ちなんてあるもんかね」 しかしながら与太話にしてもなかなか面白い話ではあった。 さっきの白いサマースーツを着た人に感謝しないといけない。 すこし休憩するつもりだったが、実際のところは退屈だったのだ。 「さぁて、行きますかーっと」 ベンチから立ち上がり、大きく伸びをして、愛車に向き直る。 背後にあったのは一台の大型軍用バイク。 「そういや自動車ってのはもともと2輪駆動のバイクみたいに4輪の馬車にエンジンつけたのが始まりだったっけ?」 なんか微妙に間違ってるような間違ってないような気がするがそんなきがする。 愛車にまたがり、エンジンをかける。 ブロロゥウウ 重々しい排気音とともに2ストロークエンジンが回りはじめる。 もうビンテージもののおじいちゃんバイクながら、この重厚な始動音が好きで、僕はこのバイクに乗り続けている。 時計を改めて確認すると予定より10分ほど遅れてしまっていた。 これでは隣町につく前に夜になってしまう。 「さーて、すこし気合いれていきますかー?」 ぐりっとエンジンをふかし、排気音をけたてて休憩していた公園を後にする。 夕方の軽く湿った空気を後ろにたなびかせて僕の愛車―H&T社製『Quick silver』―は颯爽と走り出した。 〜了〜